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ティン・シュエ氏は、変わることのない心の平安を求めていました。彼は瞑想(座禅)のときに取るべき姿勢や呼吸法、最初は自己に精神を集中してそこから無我に至るまでの過程など、すべてを体得しました。また、見習い僧をした子供の頃に、そして青年の時代に、あるいは人生の困難に直面したときや、根源的な疑問に悩んだときなどなど、何度か僧院にこもったこともあります。
瞑想している間、彼は本当に心の平安を見出し、日常生活の憂いや苦しみから解放されました。しかし俗世間に戻ると、結局ものごとすべてが何も変わっていないことを痛感するのです。
過ぎ去ってしまうような平安を、どうして本物の平安と言えよう。それならば本物はどこにあるのか?――彼の母親はクリスチャンになっていました。しかし彼にとってキリスト教は異国の宗教であり、関心がありませんでした。しかしある日、母親の聖書を読み始めました。求めていた平安は彼自身の内ではなく、イエスさまの内にこそあることを、彼はすぐに理解し、イエスさまに自分の生涯をささげました。
現在ティン・シュエ氏は、週一回、聖書学校で学んでいます。その他の時間は、ヤンゴンに隣接する、ある小さな村に出掛けます。ほとんどの人は仏教徒ですが、そこの人々にイエスさまを知って欲しいのです。彼らもまた心の平安を求めているからです。現在、その村の二十人ほどが、主イエスにある平安を見出しました。